FCFが「有給をとらせない会社」だった話をします | 有給不消化型ブラック企業が休む大切さに気がついた話

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会長の五十嵐豪です。

先日書いたブログについて予想を超える反響をいただきました。

「休む」ってなんだろう|ブラック企業経営者もそうでない経営者も従業員も一度は考えてみよう

僕はブログを書くとき、力づけたいと思った人が、その人のタイミングでこの記事を見つけて、内容に触れたことで勇気が出たり、活力が出たり、道が拓けたりすることを意図して書いています。

先日のブログ記事が、各場所でリーダーをされている人の力付けになったり、休みなく働いている人に「休む」ってなんだろうを考えるきっかけになったりしたことを嬉しく思います。

 

今日も「休む」をテーマに書きたいと思いますが、僕の体験を話したいと思います。

FCFが「有給をとらせない会社」だった話です。

 

有給=経営者の損失

有給は経営者にとって損失と考えていました。

「社員に有給をとられる」と「僕は損したように感じる」という価値観です。

お勤めの方にとっては、嫌な物の言い方に感じるかもしれませんが、僕はコレでした。

当時正社員だった(今は妻であり社長の)五十嵐ゆかりはこの時代に本当に苦労をかけたと思っています。

なぜなら有給をとらせない「無言の圧力」があるからです。

 

経営学を学ぶことでつくられる価値観

僕は会社員を経験していないんです。

経営書で組織を学びました。

経営学の歴史では労働組合の歴史など「経営者vs労働者」という構図を学び、経営者と労働者は利害が不一致することがあるんだなぁとぼんやり価値観がつくられていたように思います。

モチベーション理論という単元では、

アメとムチ(X理論Y理論)

経営者は労働者をムチ(管理・支配)で働かせる。

ムチだけでは不満がたまるのでアメ(褒美・報酬)を与えてモチベーションを保つ。

「人間はサボるものだ」という性悪説から人間を管理する古典的マネジメントです。

 

マズローの欲求五段階説

心理学でも有名です。

人間の欲求には段階があり、安全に暮らせることが前提にある上で、愛や自己実現などの人間らしい欲求を追い求めていくという人間説です。

暮らしを保証し、自己実現に絡めてモチベーションを維持したり鼓舞したりするマネジメントです。

 

他にも諸説モチベーションについてはたくさん本を読んできました。

そこで根付いた僕の価値観には、変な固定観念がつきました。

・経営者vs労働者の利害関係不一致

・モチベーションは上げなければいけない

・モチベーションは(経営者が)何かしないと上がらない

・モチベーションがないと人は楽をする

 

誰からそう教えられたわけでもなく、本を読み続けることでこんな価値観・固定観念がついてきました。

 

社員が有給をとると、どう感じたか

社員が有給をとったときの自分の気持ちを振り返ってみると、あまりブログで発信することでないかもしれませんが、このブログを読んだ方の中で「何か行動を変えてみよう」と思うきっかけになればと思って持ち出しますね。

自分の身を削られるようで辛い感じがしました。

お金がなくなるような感じというのもあります。

他には社員が休んだ分、仕事は誰がやるの?

しっかりした制度や引き継ぎなどがないので、仕事はただ止まります。

 

(変な言い回しがありますが、当時思っていたことをそのまま書きます。)

それが怖くてどんどん仕事を与えました。

 

経営者の僕は怖がっていました。

そして仕事を「与えるもの」と位置付けています。支配的ですね。

今は仕事は、会社の意図と自分の役割から湧いてくるものと位置付けています。

みんなで一緒につくる会社の理念から観て、命を使って取り組む甲斐のあるものかどうかが大切としています。昔と位置付けがだいぶ違いますね。

厄介なのはココ!社員の健康を心から願っている

全然休めないようにしている会社ですが、心から社員の健康を願っていました。

体調が悪いときは早く返しますし、心配もしています。

できるだけ睡眠もとってほしいと思っていました。

ここが厄介なところだと思います。偽りなく健康を願っています。

 

事実だけをみると、体調が悪くなるまで仕事をしてもらう環境ですね。

体調が悪くなったらすぐ家に帰すのですが、根本的な問題がそのまま放置されています。

予防医療の観点と同じで、病気になる前に手を打った方がはるかに健康にいいはずです。

それが怖くて手放せなかった、そうでないと居られなかったんだなと今は思います。

 

休むことを推奨したい

契約書には有給の文言はありましたが、有給をとれるようにオープンにしたのは五十嵐ゆかりが社長になってから最初に取り組んだ施策です。

感謝しています。彼女の存在に力づけられます。

今までそれでも一緒にいてくれてありがとう。

 

その後は初めて従業員を含めて理念の言葉を考えて決めました。

・食を通して幸せな人を増やす。

・従業員が安心してイキイキと働ける職場をつくる。

 

この理念に基づいて進んでいるのが今のFCFです。

休むことを先日ブログに書きましたが、昔の僕ならば気づきもしませんでした。

そこに五十嵐ゆかりがいてくれたから、FCFにとって「休む」ってなんだろうを考えられるような「器」のようなものができたのかなと今は思います。

ゆかりさんにも、りなすけ(河瀬りな)にも、けいちゃん(梅原けい)にも、自分らしくワクワクしながらイキイキといてもらえることが最高に創造的なことを一緒にできると思う。

僕はFCFの会長として彼女たちが大切な人との暮らしを楽しく過ごしてくれると嬉しいな、そして大切な人を大切にできる(する)FCFであり続けたいと思います。

 

まとめ

物事をニュートラルにとらえると「休む」ことなのに、「休まれる」「休みを取られる」という変な言葉がつく経営者の心境は穏やかではありません。

その経営者自身も何か焦燥感に駆られたり、期待している結果に手が届かなかったり、気づかなかったり、関わり方を探っている段階なのかもしれません。

 

このブログを読んでいるあなたが、「休む」ってなんだろうについて考えたこともなかったらぜひ考えて欲しいし、前回のブログ記事も読んで欲しいなと思います。

もしあなたが休みを取らせない会社に勤めていて、「自分だけでは何も変えられない」と思っていたら、それも事実ですが、補足したいと思います。

経営者だけの力では変えられません。

僕はそうでした。

一人の力では変えられません。五十嵐ゆかりというパートナーがいたからこそ、自分の不足に気がついて、それを認めることができました。

 

会社では「一人の力でつくれるものの大きさなんてたかが知れている」と今は思います。

もしそんなあなただったら、経営者を敵とせず、パートナーとしてしっかり横にいてあげて欲しい。

そして経営者がその事実を認められるような関係性や準備を整えてほしいなって思います。

 

「休む」ってなんだろう、について自分なりの答えをもつ会社が多くなることを意図して、この文章を締めたいと思います。

おしまい

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